他人に対して怒りを感じるとき、
相手が悪いからだと思ってしまうことがあります。
でも振り返ると、怒りの原因は自分の中の「期待」であることが多い気がしています。
例えば、良かれと思ってお菓子などの差し入れをしたのに、
あとからお返しがないことに腹を立ててしまう。
相手が「こう返してくれるはずだ」という前提があるから、
期待が外れた瞬間に失望して、怒りになります。
こういうズレは、仕事でも起きます。
自分が重要だと思っている仕事は、他の人も重要だと思っているはずだ。
そんなふうに期待していると、その前提が裏切られたとき、私たちは怒りやすい。
今回は、怒りの正体を「期待」という視点で整理してみます。
期待がズレる仕組みが分かると、人間関係のストレスは少し下げられると思っています。
怒りの正体
怒りを感じる時、決まって「なんでこうしてくれないんだ」という気持ちがあります。
これは相手が悪いのではなく、自分が相手に期待していたということです。
期待していたから、それが返ってこなかった時に怒りが湧く。
結婚したばかりの頃、朝起きたら妻の分の朝ごはんは準備されていたのに、自分の分はありませんでした。「一緒に準備してくれたらいいのに」と怒りを感じました。
しかし後でわかったのですが、妻の実家では家族の起きる時間がバラバラで、朝ごはんは各自で準備する習慣でした。
私の実家では家族みんなで朝ごはんを食べていたので、準備も誰かがしてくれるのが当たり前でした。
妻は何も悪いことをしていない。私が自分の家の常識を妻に勝手に期待していただけでした。
なぜ人は『勝手に』期待するのか
この現象を説明する考え方に「スキーマ理論」があります。
人は過去の経験を通じて、「こうあるべき」という思い込みの枠組みを無意識に作っています。これをスキーマと呼びます。
私の場合、「朝ごはんは家族みんなで食べるもの」というスキーマが幼少期からありました。妻にもそれを無意識に当てはめていた。妻からすれば、自分の常識通りに行動しただけです。
「常識がない」と感じる時、たいていの場合は相手が非常識なのではなく、
自分のスキーマと相手のスキーマがぶつかっているだけです。
どちらが正しいわけでもない。
育った環境や経験が違えば、スキーマも違う。
それに気づかないまま怒り続けると消耗します。相手は変わらないし、自分のストレスだけが積み上がっていく。
期待とは、事実を見ていないということ
他人への期待だけではありません。自分への期待も同じ構造です。
「自分はもっとできるはずだ」と思って苦手なことに挑み、
上手くいかないと「環境が悪かった」「条件が悪かった」と他責になる。
これも自分への過剰な期待、つまり自分へのスキーマが原因です。
事実を事実として見るとは、他人にも自分にも過剰な期待をせず、
かといって過小評価もせず、ありのままを見るということです。
相手を自分のスキーマで測るのをやめる、ということでもあります。
事実を見るようになって変わったこと
いい意味で期待しなくなってから、怒りを感じる場面が減りました。
まず、人に対してです。
考え方が違う人に対して「おかしい」と思わなくなりました。
また、苦手なことがある人に対して「なぜできないんだ」と思わなくなりました。
その人の事実を見るようになったからです。
そしてこれは、他人だけの話ではありませんでした。
自分に対しても同じです。
「自分はもっとできるはずだ」と思って無理をすると、うまくいかなかったときに余計に苦しくなります。
苦手なことで無理をするより、得意なことで貢献する方がパフォーマンスも上がるし、メンタルの負担も減る。
それも、事実を見た結果だと思っています。
まとめ
怒りを感じた時、一度立ち止まって考えてみてください。
「自分は何を期待していたか」と。
その期待は事実に基づいていますか?
それとも自分のスキーマを当てはめていますか?
それを意識していると、怒りのコントロールがしやすくなります。


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